
2010年10年6日 (水)
「参議院選挙の事を書こう!」
そう思った理由は選挙中にネット更新ができなかった事もあります。
期間中の情報というのは、断片的なもの。限られた情報です。
まして、参議院選挙は熊本県全部を回る選挙なので、選挙カーを見る機会も少ない。
候補者の訴えを見る事なく終わる方も多い。
選挙中に私、そしてみんなの党に期待をかけて頂いた熊本県民の皆様の声を忘れないために、今から知ることになる方にも、事実を読んでいただきたい。そんな気持ちで、「2010年参議院選挙アーカイブ vol.1~18」を書きました。
自己満足や選挙中の事を懐かしむ思いで書いたものではありません。
私は政治を志す立場なので、選挙が終わっても、公職選挙法に縛られています。
その為、インターネットを通して、応援をして下さった方に、「皆さん、選挙を応援していただき、ありがとうございました。」と書けない立場です。
候補者にとって皆様への感謝の気持ちは政策で表現していくことです。
参議院選挙で出た“志”の芽をしっかり成長させていくことです。
私の選挙は初めから波乱にみちていました。
今、小沢一郎氏の強制起訴で、号外まで出る騒ぎです。小沢氏の責任問題も当然ですが、「現、政権与党はいったい何度、国民、そして国会に混乱を招けば気が済むのだろう。」私はそう思いながら眺めています。
思えば私の出馬表明にも政局が動きました。
そのために私の一世一代の決意を発表する晴れ舞台、出馬表明はかき消されました。
舞台裏をお話しますと
私の出馬表明は6月24日(木)午前10時。熊本県庁記者クラブ。
「みんなの党」渡辺喜美代表が東京から駆けつけ大いなる決意と覚悟の表明をし、一気に熊本でもみんなの党を盛り上げていく予定でした。
阿蘇くまもと空港に渡辺代表を迎えに行った時、空港ロビーで、時の鳩山首相、小沢幹事長2名の辞任のニュース!
飛行機に搭乗していた渡辺代表は、熊本到着後の私の第一声でこの報道を知ることになりました。
事態は急変。
報道は辞任のニュース、質問に持っていかれてしまいました。
「晴れの舞台についてないな。」
そんな事を内心思っているので、あの時の記者会見の私の表情は腑に落ちない顔です。しかしながら、自分の大きな決意表明の時にこれだけ大きな政局があった事は、きっとみんなの党の出馬が大きな変化をもたらす予兆である。と感じていました。
実は、みんなの党の結成時も同じような事が起きていました。
結党宣言の日に、酒井法子、覚せい剤所持事件が発生してしまったのです。
「みんなの党結成」ニュースは酒井法子ニュースに持っていかれてしまった。と、渡辺代表にお聞きしました。
報道には計り知れない威力があります。その威力によって、世論が形成されていることを知ったのも先の参議院選挙でした。
しかし、報道の女神が振りむいてくれるかどうかも、自分の実力、努力があってこそです。
そう思って、私は「当選」というゴールを目標としました。
その結果が先の参議院選挙の獲得数、101,869票でした。
敗者になりましたが、この票は有権者の皆様お1人お1人が、「本田あきこ」と書いて下さったおかげです。私に政治への思いを託して下さった大事な証です。
これを礎(いしずえ)とし、これからの私の道をどう定めるかにかかっています。
まずは感謝、感謝です。
夏も終わり、実りの秋を迎え、私自身、もう一度自分の政策を見直し、勉強を続ける日々です。
参議院選挙総括をこれで区切りとします。
本田顕子